asics(アシックス)について asics(アシックス)は、1949年兵庫県神戸市に当時不足していた学童用ズック靴の生産販売を目的に創業者 鬼塚喜八郎が鬼塚商会を創業したことを由来とします。同年9月には、鬼塚株式会社を設立。 1950年、日本初の第1号バスケットボールシューズを生産するも、第1号製品は、『走る・止まる・ターンする・跳ぶ』を特性とするバスケットボールに最適なモノではなく、とくにグリップ性に対する多くの改善要望に、故・鬼塚喜八郎氏は頭を悩ませた結果、有名なエピソード「夕食の食卓のタコの酢の物」が生まれました。 ある夕食の食卓に出されたタコの酢の物を見て、ソールがタコの吸盤のような形状なら、バスケットボールで要求される急停止が可能になるのではないかと、吸着盤状型のソールをひらめきます。そして、1952年に吸着盤ソールを搭載したシューズが誕生。その後、鬼塚氏のさらなるソール開発の熱意はつづき、オニツカタイガーのバスケットボールシューズはバスケットボール選手憧れのシューズブランドへと成長します。 1965年、オニツカ株式会社の『オニツカタイガー』ロゴを統一。 1966年には、日本初のピン取り替え式スパイクシューズ「ランスパーク」が誕生。同年発売されたトレーニングシューズ『リンバー革』は、グリップ性のある凹みの深いソールデザインでクッション性を向上させ、その履き心地からメキシコオリンピックの各国代表選手たちがウォーミングアップシューズとしてこのトレーニングシューズをセレクトしました。 1962年にNIKE(ナイキ)の創業者フィル・ナイトがオニツカ本社を訪れ、NIKE(ナイキ)の前身である米国販売代理店BRS社(ブルー・リボン・スポーツ社)が米国西海岸でオニツカタイガーの販売を開始。 1968年、メキシコオリンピックで、オールウェザー式トラック専用スパイクを登場させたことで、陸上スパイクの進化に貢献。 1969年、BRS社がオニツカ株式会社の『コルテッツ』の販売をスタート。 現在では、60年以上に及ぶ歴史に裏付けられた製品を数多く生み出し世界中にその拠点を置く日本が世界に誇るナショナルブランド『asics(アシックス)』として君臨しています。 ブランド名の由来 asics(アシックス)というブランド名は、『もし神に祈るならば、健全な身体に健全な精神があれかしと祈るべきだ("Anima Sana in Corpore Sano")』という帝政ローマ時代の風刺作家ユベナリスの言葉に由来します。 |